醍醐寺には千年以上にわたって大切に伝承されている祈りがございます。
それは、「観音信仰」「薬師信仰」「五大力信仰」の三つの祈りであり、森と水によって育まれ続けてきた“命”を中心とした祈りの世界です。
『観音経』の中の、
“一心称名”「一心に祈りなさい、一心に呼びかけなさい」
“常念恭敬”「いつも心に抱いて忘れないようにしなさい」
“恭敬礼拝”「逆らわないように、一つ一つをしっかりと実行していくこと、決して無理をしないで」
という三つの教えを大切にしています。
また、准胝観世音菩薩は、すべての仏の母として、母の立場から私たちに呼びかけています。
人間は決して一人では生きられるものではない。
人間は多くの心をいただき、多くの命をいただいて今を生きております。
このいただいた命、いただいた心をそのままにしておいてはいけません。
いただいた命、いただいた心の返し場所を探し、それを絶えず心に念じながら、日々実行して生きていくことの大切さを教えてくれています。
このような生き方を菩薩道と呼んでいます。
薬師如来の祈りは、病からくる痛みや苦しみを和らげること、特に人の苦しみに対する祈り、“人はなぜ死ななければいけないのか、なぜ小さな「いのち」が死ななければいけないのか”という大きな問いかけに対して、「いのちというものは、自分が使える時間である」と答えています。
そして「いのち」には、目に見える命と目に見えない命があります。
目に見える命は、今、自分が生きている命、自分自身が感じることができる命です。
目に見えない命は、亡き父母の命であり、亡きおじいさんおばあさんの命であり、ご先祖様やずっと命の相続をしてくださった方々の命であります。
自分が使える時間をきちっと一日一日、一刻一刻積み重ねてくださった尊い命であり、目に見えない命に呼びかけることにより自分の心の佇まいを正すことができます。
不動明王を中心に5体(不動、降三世、軍荼梨、大威徳、金剛夜叉)の明王をお祀りし、今日では「五大力さん」の愛称のもと多くの祈りが捧げられています。
思うだけでは駄目ですよ!一歩を力強く踏み出し、行動しましょう!という大きな祈りです。
不安な心、自信のない心に力を与える祈りです。
そして心に力を得て、実践し、実行していくことにより人々の生活の繁栄、町の繁栄、国の繁栄へと連なっていく祈りでもあります。
醍醐寺には、開山、聖宝・理源大師が残した、現在でも脈々と受け継がれている言葉がございます。
それは、「実修実証」(入りて学び 出でて行う)という言葉であり、自分自身、あらゆる場に於いて学び得た全知識を、自分の体を通して行動をもって社会に明らかにしていくことを示しています。この短い言葉に醍醐寺の特色、雰囲気が色濃く表されております。
実修(入りて学び)を縦の線、実証(出でて行なう)を横の線、変化していく社会の姿としたときに、その交点に自分自身が立ち、智慧の眼で判断し、慈悲の心で行動していくことでもあります。
醍醐寺は、密教寺院であるとともに修験道の寺でもあります。
修験道とは、“野に伏し 山に伏し 我 仏とともに在り”という強い自覚のもとに修行を続ける山伏の世界であり、家にありながら、誰でも修行に参加できる道でもあります。
厳しい山岳修行・祈りの世界に身を投じて、自己に秘められた無限の可能性の開発を願いながら、自分の霊性を高め、山を下りては、社会とのかかわりの中で、民衆の願いへ応えるべく生きていく、まさに“実修実証”の世界であります。
長らく途絶えていた大峯山入峰修行の道を再び開いたのは、醍醐寺の開山・聖宝僧正であり、「霊異相承」(目に見えない心の中での伝承)の祈りを大切にする醍醐寺三宝院の流れを当山派修験道と呼んでおります。
現在でも醍醐寺では、大峯山、葛城山、奥駈修行等の山岳修行が多くの参加者とともに行われ、祈りの世界を伝承しております。